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ブログ日記のようなものPAGE | 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 | ADMIN | WRITE 2011.09.30 Fri 23:59:00 そんな授業なんだかなぁ。 問題とはなんなのか。 それを解決するとはなんなのか。 その内容を理解すればいい、という単純な話じゃない。 非常に違和感のある、そして不安定な、よくわからないもの。 ん〜。 なんだそれは。 そう。 問題とは、常に見えているもの「だけではない」というのだ。 それだけを言えば、まだ納得できるかもしれない。 確かに、見えないところにも問題はあるものだから。 でも、それを解決する、となれば、グレーゾーンだろう。 何が問題だったのか理解もせず、ただ漠然とした状態で 「解決した」と宣言しても、それは解決と呼べるのだろうか? そこにあるのはただの結果であり、 成り行きであり、解決ではない、のでは? が。 もし、ぼんやりとでも、問題を理解していたのなら? それを「解決できた」と宣言することは許される? う〜ん。そうなれば、まだマシなのか。 でもその手段は?自分で選んだ手段なのか? そもそも手段は自分で選ばなければならないのか? 難しい話だ。 問題を解決するために選ぶことができる手段。 それはそんなに限られたものなのか? というか、手段は選べるもの、じゃないのか? もし選べないと思っているのなら、それはただの諦めじゃないのか? でも。 そう。忘れちゃいけない。 それは決して悪いことでも敗者でもない。 一つの在り方として、見る必要があるのかもしれない。 PR 2011.09.29 Thu 21:29:20 自分の中の命どうもモヤモヤする。 すでに自分の中で結論は出ていて、 そこから外れることを望んではいないはずなのに。 自分の理解を越えた場所から、 声が聞こえる気がして、モヤモヤする。 訴えかけるような声。 何を言っているのか、分からない。 自分が自分のことを認めていない。 そんなことは知ってる。 自分のことを認めたいとは思わないし、 自分に認められるような自分でありたい、とも思わない。 ただ、だからこそ自分で自分を否定して、 グチャグチャにしようとしている事実はある。 それが自分にとっての正しさだからだ。 グッと、胸ぐらを掴まれるように顔を上げる。 為体の知れない目線を感じる。 まっすぐ、自分を見ている。 「それが本心か?」と問われている、気がする。 大きく揺らぐ。涙が零れる。 訴えかけるような声が、自分のものであることを自覚させられる。 「違うだろう?そうじゃないだろう?」と。 自分に涙を流させている要因、声が、 言葉としてははっきり聞こえないけども、伝わってくる。 「じゃあ、なんだっていうんだ」 訴える声に問いかけるも、答えが聞こえない。 「こうだ」というイメージが、やんわりとは伝わっては来るものの。 言葉にできない。形にも表せない。本当に、感覚。 おかげさまで理解できない。これはなんだ? 考えても、考えても、答えは出て来ない。 いや。多分。 オレ自身が理解することから逃げている、と思う。 まあ結局は、理解したくないのだけど。 とにかく、そんなこんなで理解できないから、と。 胸ぐらを掴むようにそこにある存在から、目を背ける。 「もういい」と一言伝える。 でも、離してはもらえない。 ガクンと揺さぶられて、目の辺りを押さえつけられる。 目線を外せないように、逃げられないように、グッと。 意味が分からない。 そんなに大事なことなのか? こんなゴミのような自分に、 なんで為体の知れないソレは必死になってる? 大事な、大事な、ことなんだ。 理解するんだ。理解しようとするんだ。 逃げるな。怯えるな。諦めるな。 と。そんな感じ。 意味が分からない、分からない、と言っているのに。 追いやられて、追いやられて、 結局自分の中にある声に、意識がかする。 でも、相変わらず理解できない。 ただただ無理矢理、押し込められていく。 やりたいこと。目指したいこと。 こうであって欲しい、という願い。 いわゆる欲。それがある、というのは理解できる。 でも。それ自体はなんの意味もない、衝動的なものだ。 言ってしまえば、それはまだ表面なのかもしれない。 漠然と。声の根源を辿る。 それは、単純に言えば、好きとか、愛してる、の部類のものだと思う。 ただ、どこか空想を含んでいる。現実を見ていない。 見方を変えれば、自分が望んでいる未来なのかもしれない。 だからこそ、今は空想で、いつか現実となる、何か。 まあ、そこまではいい。 問題は、この感覚が本当に「大事なこと」なのか。 この感覚自体は、確かに大きな可能性を秘めているのかもしれない。 描く未来を実現させるための根底的なエネルギーであり、 それが実現するためのプロセスが生じ、それがまた新たな影響を与え、 新たな何かを生み出していく。それはそうかもしれない。 でも、決して重要なことじゃない。 言ってしまえば、そんな感覚を持つのは自分だけじゃない。 生きとし生けるものすべてが持っている感覚、と言ってもおかしくない。 つまり。 そんな感覚はどこにでもあって、特別視されるような代物じゃない。 一つや二つなくなったところで、今が未来になっていく変化は止まらない。 確かに「変化をもたらす力」やら「未来を創る力」といえば、 相当壮大な力だと見ることもできるけども。 それがあちらこちらにあるのなら、価値はないと言っていいはずだ。 そこまで結論を出しても、胸ぐらを掴まれている感覚は収まらない。 それどころか、グッと自分の中にある、一つの感覚を押さえつけられる。 根底、好きとか、愛してる、の部分。 もちろん、その感情は空想からきたものだ。 言ってしまえば、オレは何も好きでないし、愛してもいない。 オレが好きなもの、愛しているものというのは、 この世には存在していない。 が。 グググ、と押さえつけられて押さえつけられて、思う。 オレが好きで、愛しているものは、オレの中にしか存在していない。 それが未来を創るための力、というよりは。 オレはその未来を生み出すための要因、卵なのかもしれない。 訴えてきている声というのが、その力そのものの声だとするなら。 生まれたいと望んでいる自分の中の空想、未来が、 生まれる前に殺されようとしているから、足掻いているのかもしれない。 生まれたい、殺さないでくれ、というのが、 一連の声の要約にあたるのかもしれない。 が、残念ながら、それでも納得できない。 そうなったらなったで、卵はあちらこちらにある。 生まれる必要性も、価値も、どこにもない。 もっと言ってしまえば、数もどうだっていい問題だ。 例え自分一人だけに与えられた力であり、たった一つの卵だったとしても。 そんなものがなんの役に立つのか。 なんの目的で存在するのか。 自分でも説明できないからだ。 ガンガン、と。叩かれるような感覚に襲われる。 とにかく理論立てて、自分を殺しにかかっている オレという存在、殻を破ろうと暴れているようにも思える。 それ自体は、オレの好き、愛してる、と言える感覚が 自分の中で足掻いている、ということになって。 言ってしまえば、オレはその感覚に真っ向から反した行為をしている。 つまり、オレの本心らしきものを押さえ込んでいる、ということになる。 となれば、グチャグチャにしたい、というのが 本心ではない、というのは正しいのかもしれない。 ジッと、暴れているソレを見つめる。 必死にオレに向かって何かを訴えるソレを見つめる。 じゃあ、こうしよう。 オレは何故、反した行為をしてる? 確かに納得できないから、反しているといえばそうかもしれない。 でも、納得できなくても、許すことは可能だ。 ソレを自由にさせることは不可能じゃない。 オレという殻を破って、生まれさせることも可能だ。 それでもオレはそうしようとはしない。 それは何故なのか。 あるのは、それによって生じる変化がある、ということだけ。 つまり、オレがソレを押さえ込む理由にあるのは、 必要性がない、というだけで、実際のところは 生まれようが生まれまいが、どっちでもいいわけだ。 どっちでもいいはずなのに、どうして否定する方向を選ぶのか。 言ってしまえば、嫌いだからだ。 自分の中にある、好きや、愛してる、という感覚が、嫌いなんだ。 何故嫌いなのか。 それは自分の理解を越えているから。 言ってしまえば、その力が創り出す未来もその価値も理解できないわけで。 そのことに怯えてしまっているんだ。 もし。怯えている、として。 怯えないために、どうするのか。 一つあることは、理解することだ。 理解できれば怯えなんてものはなくなる。 でも、実現しないまま、ただの力だけのものを、理解できるわけがない。 なら、他にないのか。 あるとするなら、それこそ、許容する、許す、信じることだ。 でも、オレの中にソレに対しての信用なんてどこにもない。 安全に越したことはない。 そういう判断なのかもしれない。 ・・・。 相変わらず、泣きべそをかきながら訴えている。 もう少し、話をして決めてもいいのかもしれない。 ただ、オレには生むことも殺すこともできるのだから、 どんな結果になっても、文句を言われる筋合いがないのは明らかだ。 2011.09.28 Wed 21:38:55 幾度も繰り返す願望2011.09.27 Tue 21:53:37 生きる目的人との繋がりとは、非常に薄く細く尊いもので。 あるときは、あからさまに途絶え、 あるときは、気付かぬうちに途絶えている。 でも。逆もまたあり得ることらしく。 意図せず、繋がることもある。 ・・・。 いつだってそうだ。 自分が知らない何か。 為体の知れないもの。 自分の手が届かない場所。 どんなに思ったところで、答えなどありやしない。 じゃあ、自分は? 恐らく一番答えが近い場所にある、自分のことは? 他人とか、関係ない。 自分自身のこと。 そう。感情。 自分では操作できない、感情。 どこからともなく湧いて来て、いつのまにか自分の中に居座ってる。 笑ったり、泣いたり、怒ったり、悔しかったり。 それ自体は一体なんなのか。 どうして生じるのか。 きっと、誰かに何かを伝えるためだ。 それは、他人かもしれないし、あるいは自分自身かもしれない。 ・・・? 感情は答えへのヒントか? ある意味での評価であり、フィードバックで。 無視してはならないもの、なんだろうか? なら、誰の評価であり、何に対するフィードバックなんだ? 自分でありながら自分でない誰かの評価。 今感じ取れるすべてに対するフィードバック。 ・・・幸せ? この評価が良ければ、幸せなのか? それがオレの目的なのか? 何故? 幸せにしようと思えばできるのかもしれない。 でも、それが目的であるかどうかは分からない。 確信がない。 いっそ。 誰かに聞いてみても面白いのかもしれないな。 ・・・という馬鹿げた発想。 2011.09.26 Mon 23:55:08 辿る思うことは山ほどある。 その思いを馳せ、思考を巡らせることも多々あった。 でも。それだけではいけない。 今一度、周りを見渡そう。 オレは今、どこにいるのか。 自分ではない何かは、自分に対して何をしようとしているのか。 感じるままに、知ろう。 それを疑わず、受け止めるところから、始めよう。 まず。目を開こう。見えるものは何か。 一面に広がるのは水。果てには水平線。 見上げれば青を知らない空。水にはその空が映り込んでいる。 見下せば己の足。水面にはついていない。 ふわりと、浮いている。 風というには穏やかすぎる何かを感じる。 支える、でも、包む、でもない。 纏う、に近い感覚。 自分の気持ちが揺らげば、それもまた揺らぎ、風のように通り過ぎる。 非常に従順で、でも自分自身ではない。 寄り添い、オレに何かを問うような、そんな感覚。 他に何か感じないだろうか。 ・・・。 水面の奥に大きな気配を感じる。 こちらの様子をうかがっているようにも思える。 気配のする方を見つめてみる。 近付いては来ない。でも逃げもしない。 この気配もまた、オレに何かを問いかけている。 なんだ。問いかけが聞こえない。 オレが、聞こうとしていない? 確かに、問われても答えを導き出せる気がしない。 でも。 その問いかけの先には、オレがいる。 オレに、問われている。 自信はない。でも。その問いに、耳を傾けたい。 「世界を愛しているか」 それは、そう。何度否定しようとしても、否定できない。 自分にその資格がないことは重々分かっていても、 好き、というか。思ってしまう。 深く、深く、思ってしまう。 これが愛している、という定義に当てはまる自信は、実のところはない。 でも。愛してしまっているんじゃないか?と問われれば。 はい、としか、言えそうにない。 「生きたいか」 楽しくないわけじゃない。でも、生きたくは、ない。 自分に生きるだけの価値があるとは到底思えない。 生きれば生きるほど、悲しくなる。 ・・・あぁ。 単純に、自分が嫌いなんだ。何かをしてしまう自分が。 力を持て余してる、とでも言うんだろうか。 自分にそぐわない、大き過ぎる力が、与えられている、気がする。 オレじゃない。 幸せになりたいのは。力が欲しいのは。 オレじゃない。 「何故、生まれたと思う?」 「何故、力を与えられたと思う?」 「何故、それがお前だと思う?」 ・・・分からない。 少なくとも。オレは決して特別じゃない。 オレは人間だ。人間はオレ以外にもいる。 力だって、いろんな人やものに与えられている。 それが、当たり前で。当然の出来事で。 何故、と問われるまでもない、約束された事柄、じゃないのか? 「それでも、お前の命、心、力は、お前だけのものだ」 「お前のためだけに、そこにある」 ・・・。 どちらにせよ、そのすべてはオレだけで完結したものだ。 自分ではないすべてのものに関係はない。 確かに、オレにしか成せないことや、 オレがいなければ生まれないものだってあるかもしれない。 でも、そこにはなんの必要性もないし、選択肢があるはずだ。 強制される筋合いもない。 「お前は大切なことを忘れている」 ? 忘れているかどうか、は、知らない。 ただ、モヤモヤする。 気持ちがあふれる、というか、なんというか。 どうしてだか、泣きたくなる。 為体の知れない何かが押し上げて来て、吹き出しそうな、感覚。 なんだろう。 信じたくても信じられない。何かをしたくてもできない。 じゃあ信じたいものってなんだ。したいことってなんだ。 何かに何かを促される。また、微笑む気配がする。 心の奥に手を伸ばされて、グッと何かが引き出されそうな、感覚。 オレは、怯えてる。 引き出されまいと、泣きそうになりながら、抵抗してる。 きっと。愛したい気持ち、だろう。 自分には愛する資格がない。 無知無能であり、自分勝手だからこそ、抵抗するんだろう。 そんな自分を赦されそうになって、足掻いているんだ。 赦して欲しくないから。むしろ殺して欲しいと願っているから。 オレは愛されているか? いや、それはない。 オレには愛されるだけの資格がない。 怯えだと言われてもいい。一生不幸になっても構わない。 オレに必要なのは愛されることじゃない。 愛することを諦められるだけの絶望だ。 微塵として残さず、この気持ちを失うことができる、絶望だ。 そう、オレはこの気持ちを諦めたいんだ。 馬鹿げた幻想を終わらせたいんだ。 どうして心底絶望を求めても、笑う気配がするのか、分からない。 優しく手が差し伸べられるのか、分からない。 オレは、愛したくなんかない。 そんな資格もない。オレは違う。 知ってる。愛している。でも愛したいわけじゃない。 資格がもし、あると言われても、欲しくない。 愛したいのも、その資格を求めるのも、オレじゃない。 そんな幸せを求めるのは、オレじゃない。 ・・・? オレにとって、それは幸せ?それが生きること? でも。だからって、いらない。 オレの幸せなんて。ゴミだ。 あぁ。 せめて、教えてくれ。 生きて、幸せになったら、どうなるっていうんだ。 そんなもの、誰が求めてるんだ。 どうして必要なんだ。 納得できない。理解できない。 幸せなんか、なくてもいいじゃないか。 |