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ブログ日記のようなものPAGE | 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 | ADMIN | WRITE 2009.10.27 Tue 21:33:06 繋がり世界は。 どうやって築かれるんだろうね。 急には生まれない。 何事も過程が存在する。 過程がなければ存在なんかできない。 もし過程がないのなら。 それこそ、夢なんて単語が存在できないぐらい いろんなものが止めどなく生まれて、 きっとすべての価値なんかなくなってしまう。 何かを理解しようとするとき。 そこに辿り着くために、通る道がある。 それが一体なんなのか。 自分の立っている位置から、そこを目指して歩いて。 目的の場所、理解したいものの場所に辿り着いて。 見るだけでなく、触れてみて。 それでやっとそれが一体なんなのかを理解できる。 それなのに。 見ただけで分かった気になって。 本当のソレに直面した瞬間に、今まで自分が勝手に 思い込んでいたものが崩れて。 自分が勝手に作り上げた世界に絶望してしまう。 あるいは、自分の世界と本当の世界との接点を断って、 自分だけの世界に浸って生き続けるか。 この世界との接点を断った世界に、この世界に存在する権利はない。 阻害されることを否定しても、この世界の上に存在して しまっている限り、接点を断った世界は阻害されて当然で。 阻害されても構わない。それでも自分の世界を保守したい。 そういう願いの下、生きていられるだけの強さがあるのかないのか。 自分の世界を守るためには相応の強さが必要になる。 その強さはこの世界の在り方を否定し、世界を蝕む。 この世界から本当の意味で離れられない限り、 世界の一部を侵食して、世界を犠牲にしながら存在するしかない。 自分なんてどうでもいい。 自分が自分であることに意味なんか見出せない。 それ以上に。 自分が自分であるがために、世界が汚される現状を許せない。 世界がオレを恨んでくれればよかったのに。 どうしてこうまでして活かそうとするのか。 どうして生きてしまうのか。 自分が自分の世界の価値観で死ぬことが許されたのなら。 そういう思いすら、世界の否定になってしまう現状が。 まどろっこしい。 PR 2009.10.26 Mon 21:32:13 理解できないと諦めるなんか異様に頭イテぇ。
勢いでこのまま気を失えばいいよ。 ・・・え。だめですか。そうですか。 はぁ。 なんかさぁ。 なんだろなぁ。 人間関係が難しいとは思ったことはないけども。 相手が何を考えてるのか分からないときって困るよね。 どうして欲しいのかも分かりゃしない。 何もして欲しくないのなら、建前なんか捨てて遠くへいけばいいし、 何かして欲しいのなら、それを明示的に示してくれないと何も分からないし。 状況説明だとか感情説明だとかされたって結局こっちにはなにもできない。 どうしたいのかを決めるのはこっちじゃない。 「イライラするからとにかく愚痴を聞いてくれ」 と言われたのなら、それで解決することに越したことはないし。 「こういう状況でどうしたらいいのか分からない」 と言われたのなら、それに応えようとすることしかできない。 ヒントになるかすらあやしいことしかできない。 何にせよ。 理解不能な行動をされたって、こっちは自己中な判断しかできない。 原因も知らないし、解決方法も知らない。 はたまた自分が原因だとしても、その原因を知らされることすら なかったらなんの対処もできやしない。 知ったところで解決できないようなことであったとしても、 そういう問題があるということすら知らなければ努力も謝罪もできない。 とはいえ、もしそこで存在否定されるとするのなら、 オレにとってはウェルカム以外の何でもないけど。 以下自分の価値観だったり意見なので文句言われても仕方ないです。 適当にスルーして下さいな。 で。オレにとって。だよ。 自我を持ってる人間ほど、理解不能なものはない。 あれが好きだ。あれが嫌いだ。 あれは良い。あれは悪い。 これはこうだ。こんなんじゃだめだ。 どうして?何故?突き詰めて聞いてみれば結局回答は 「自分がこう思うから」だったりする。 それを理由にされた日には、絶望感だったり、無力感だったり、 まあとにかく、そんな感じがする。 でも、自我ってすごく強力だったりする。 理由をすべてそこに持ってくることすら可能だから。 悪く言えば最強の逃走手段。よく言えば万能の存在理由。 思い込めば事実。どんなに正しい論理があったとしても、 自我が強ければそんなもの通用しない。 「1+1は2なんだよ」「そんなはずがない」 イメージそんな感じ。 そういうものに直面したとき、一体どうするか。 1+1が2であることを永遠説明する?違う。 無理があっても、その人にとって1+1が2でないということを受け入れる。 それが一番手っ取り早いし、その人の世界を知るきっかけになる。 どうして1+1が2ではないのか。 自分には到底理解できないかもしれない。 でも、無理に1+1が2でない理由を考え出したとき、 その可能性も多々あったりする。 例えば。 1+1は『いちたすいち』であって『に』ではない。 とか。 この考えになると、世の中すべての数式が成り立たなくなる。 でも、数式を数式と見ないのなら、あり得ない話じゃない。 そういう解釈を自分の中に勝手に作り上げて。 相手のことを無理にでも受け入れることしかできなくなる。 結局相手のことを一つも理解していないのに、 自分は理解したフリをしていいのだろうか。 そういう絶望感だったり、無力感だったり。 少なくとも0は自我の塊で。 自分の世界だとか解釈がこの世に本当の意味で存在することなんかない、 永遠に0でしかない、と最初から諦めていて。 でも凛々しかった。 自分が0以外の何者にもなれないことを認めた上で、 自分でない何かが常に存在できるようあの手この手を考えてた。 それでも結局、手段どころか考えすら0に終わって。 あの人は黙り込んでしまった。 まあ黙っているだけで、今もすべての原点に座っていらっしゃるのだけども。 こうも放置されると不安になる。 それこそ、世界に軸がない。 あの人に縛られることで成り立っていたすべてが意味を成さなくなった。 存在を成さなくなった。 本当の意味での自由が生まれたかもしれないけども。 意味が一切生まれなくなった。 理由が一切生まれなくなった。 問題は。 あの人はこの状況を望んでるんだろうか。 ・・・ ありとあらゆるものが存在できることが優先で、 そこには意味も理由も求めない。 まあ、それもありかもしれない。 でも意味のない世界に存在する価値は生まれない。 きっとこのまま滅ぶことになるんだろう。 あの人は最初から自分の滅びを求めてらっしゃったのだし。 もうそれでいいのかもしれない。 2009.10.25 Sun 23:26:35 やり過ぎ注意連日続くぼよよよよん騒動は。
こんな感じになりました。 前回同様、描画範囲をクリックした後、『半角』スペースで塗り変更。 それに加えて、円にマウスを近付けると・・・あ、近付け過ぎ注意。 いろんな意味でブッ飛ぶので(え) そう。繊細なのよ(そういう問題ではない) いやぁ、ぐだぐだしながらやったけども、一応それっぽくなってきた。 あとは破裂バグをなんとかしないと。 そこまでできたら、残りは微調整だけ。 塗りだったりバックの飾り付けだったり。 一応外部提出のものだしね。 きっちり仕上げねば。 きっちり・・・ ・・・ できる気がしない...orz 2009.10.24 Sat 17:04:14 読書の秋?今日の収穫。 Accessの本とAS3の本と・・・弾幕の本。 いやいや。弾幕って、リアル弾幕じゃないからね。 銃撃戦じゃないからね。いや、銃撃戦だけどリアルじゃないからね。 ようはシューティングゲームの本。 あれだけの弾をどうやって処理してんのーとか、 どうやれば綺麗な弾幕作れんのーとか。 軽く見てて思ったこと。 いつぞやの日記に書いたけど・・・ 『大体、deleteに対してオーバーライドしてるっぽいんだけど、 何をどうしてるのか現状よく分かってない。』 ・・・これの謎が解けました。 メモリ管理をしてるということは薄々分かってたけども。 そういうことですか。 あれって一種のタスクだったのね。 ってかフラグメント防止だったのね。 いやいや、そんなことよりも! charってそういう使い方できるのね・・・! ほ〜・・・さいですか。 ここまで書いておいてなんですが。 AS3の本の方が断然高いんですよ。7000オーバーとか。ビビるね。 こっち読まないと、お金捨てたも同然。 前に買った本も読めてないし・・・読書時間決めるかなぁ。 う〜ん。時間ないなぁ・・・ 2009.10.23 Fri 18:40:41 うだうだうだうだ今日も今日とてゼミ室閉まってて早帰り。
家にいたら作業がかなりペースダウンするから嫌なんだけどなー。 環境依存ってやつですか。そんなもの打破しなさい。 はいスミマセン。 今日は日記という日記が書けそうにないなぁ。 あるとすれば・・・ オレに対する周りの評価が異常ってことが判明したぐらいで。 グループ組めって言われて組んだ瞬間に出てくる言葉が 「○○さん(オレ)一人でできるやん」とか。 どんだけー。ないわー。ないわー。 あのですね。世の中本当の意味で『できないこと』ってないわけなのだよ。 やらないからできないだけ。 できないならどうすればいいか考えろって話。 オレ自身の意志としては正直できたくないのよ。 できたってそれはあくまで一つの指標でしかないし、自分にとって プラスになったとしても他人にとってプラスでないなら無意味なのよ。 でもそういう部分がクリアされちゃってる現状なわけだよ。 なぜって? そりゃあの大学であの学科に入った根底たる理由に沿うためでしょうに。 一つ目の『姐がゲーム会社に入る踏み台に』ってのはもう果たしてる。 ただ、大学でのメモを姐に提供するような形での踏み台にされるかと思いきや、 「妹のプログラミングの課題を手伝った」 と面接で言えるという形での踏み台になったらしいけど。 まあ、情報処理技術者試験の中でもスキルレベル4とかいう部類に入ってる 試験を受けてるような人だから、踏み台もいらなかっただろうけどね。 本題は二つ目。Gプロ。 正直Gプロを成功させないとあの学科にいる意味ないし。 成功させるためにもできなきゃ困るのよ。周りが。 そんなこんなで『できませんでした』にならないように、 あれやこれや当たって砕けろ状態なわけで。 だーかーらー。 できるやん、じゃなく。できないと困るんです。意味ないんです。 自分ができないと思うならできるように努力してください。 そういう諦めを含んでるようなセリフ吐かんでください。 それ以前に、こっちは理由あってこうなっちゃってるだけで、 そういう評価を受けるためにやってんじゃないのよ。お分かり? 基本的には馬鹿なの。うんこ大好き脳ミソ小学生なの。お分かり? こんな人間を評価する自分を恥じて下さい。OK? 汚点とまで言われてた馬鹿が評価されてたら世も末だろうに・・・ ふぅ。 課題しよ。 |