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自分の思いから


自分が思う正しさは、正しくない。
絶対正しくない、とは言わないが。
絶対正しい、と言えないのは確かだ。
だから自分を信じてはいけない。
自分はあくまで「何かを構成する、そのうちの一人」だ。
存在否定ができなくとも。
絶対肯定もできない。

今日は。
たくさんの罪を犯した。
それはもう、たくさんの。
誰かの心を傷付けただろうし。
誰かの時間を奪っただろうし。
誰かの可能性を奪っただろうし。
誰かの思いを壊しただろうし。
それはそれは、数えきれないほどの罪を、犯した。
だから、その罪を自覚して。
いつものように、償いと称して自分を蔑もうとした。

なのに。何故だろう。
それは自分を破壊するための行為で無くなりつつある。
これは最早、願いだ。
誰かの心が傷付いたのなら、その傷に意味があることを願い、
誰かの時間を奪ったのなら、その時間に価値あることを願い、
誰かの可能性を奪ったのなら、新たな可能性が生まれたことを願い、
誰かの思いを壊したのなら、その思いが消えずに報われることを願う。
その願いを叶えるための努力を自分に強いて。
その先で自分の無知さを嘆いて。
それでも願って。願って。
「どうにかしたい」と。強く強く、願う。

自分が、そうだったのかもしれない。
「当たり前」という言葉で無理矢理生かされ、
「当たり前」を理解できない自分が隔離され。
知ったかぶりを重ねて。本当はなにも知らないのに。
本当はもっともっと、たくさんの思いがあったのに。
無視して。捨てて。殺して。
それが悲しくて、苦しくて、悔しくて。
それでも自分は無知だから。
せめて無知でなく、人としてしっかり生きている人が、
そんな悲しみも苦しみも悔やみも、感じなくなればいいと。
思っているのかもしれない。
自分なんかにどうにかできる問題ではない、としても。
誰かが「当たり前」という言葉に振り回されることなく。
その人として、ありのままに生きていけることを。
願っているのかもしれない。
人間不信になって、自己嫌悪に陥って、
無知で無力で口だけの人間で、誰かに認められるだけの
存在価値もない自分には、できないから。
せめて。
誰かにはそんなつらさを、味わって欲しくない、のかもしれない。

まあでも。
自分を救えないのに、他人を救えるわけがない。
願いはただの願いでしかない。
無力に変わりはない。

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