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暗い話

変な話をするけど、いつものことだからお気になさらず。
クリスマスらしからぬかもしれん。

世の中分からないことだらけ。
というか分かることがある方がおかしいのかもしれない。
それでも「分かる」と断言する方法はある。
信じること。
自分の中で真実だと決めたものを誰がに変えられることはない。
変えるのは自分だ。
誰かに言われて、それを最終的に受け入れるのは自分だ。
だからこそ、狭いと思う。
思い込めばその先は無い。他の道もない。
なのに思い込んだそれが事実だという証明をする方法も無い。
自分の信じ続けたものが事実の前で崩れ落ちても、
恨むべきなのは思い込んだ自分になる。
よくも悪くも、どんなに信じたって、事実に勝てるわけが無い。
じゃあ事実を掴もう。本当のことってなんだろう。
考え出すともっと恐ろしいことが起こる。
まるで隙間無く編まれた網。
結局思い込んでいた「それ」すら事実に包容されていく。
同時に「それ」と矛盾する事柄すら事実として存在していく。
悩むだけ無駄だった。「事実ではないこと」なんか無い。すべてが事実だった。
ただ、自分の掴んだものがすべてだと信じ過ぎたから、事実は刃を向いた。
信じることで確固たるものは見えるかもしれない。
でもそれは選んだ道であって、すべてじゃない。
どちらにせよ「こっちがいい」とは言い切れない。
信じ通した道がたまたま刃をすり抜けても、砕けても、
その刃を自分のものにしようと足掻いて、
いろんなものが見えても、自分の居場所を見失っても、
どっちを選ぶかはやっぱり自分次第になってしまう。

昨日から変なメールのやりとりがある。
というか、オレにとってメールにグダグダ書くのはいつものことなんだけど、
いつもは未送信の駄文でしかないのに、それに相手を巻き込むことが変だ。
まあさすがに可読性をちゃんと持たせようとして文章の形式は違うけど。
といいつつ、いつものメッセや日記でのやり取りとあまり変わらなかったりする。
「ほらほらこんなに醜いぞ。この馬鹿をさっさと殺せ」みたいな内容。
で。
毎度毎度同じことしか言ってないのに皆反応が違うわけですよ。
いろいろ言っても結局ちゃんとした理由も無く、
ただ持論として人は死ぬべきではないと言う人だったり、
自分の相手への感情だけで死ぬべきではないと言う人だったり。
あぁ。
結局死ぬ許可はくれないわけですね。

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