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理由は不明


大きな大きな龍が、小さな小さな池から出てきた。
ジッと水面の奥底からこっちを見ていた龍が、水の音と共に出てきた。
また、こっちをジッと見ている。
意識が持っていかれそうになる。
それでも自我を保って、今と言う状況を理解しようと足掻く。
疑う言葉を自分の中でたくさん紡ぐ。
妄想、空想、欲望、馬鹿げた夢。
そんな言葉をかいくぐって、為体の知れない感覚に呑まれる。

自分と言うのは、小さい小さい存在だ。
ゴミと言われても文句の言いようがない。
と、思えば。何かが心の中で蠢く。
目の前の龍が、非常に抽象的な感覚で、自分の中に存在している。
そこから眉をひそめるような不機嫌さと、残念そうな悲しさを感じる。
と同時に。訴えてくる。
大きな存在とは何なのか。小さいから不要なのか。
どこまでいっても、自分はそんな存在でしかないのか。
だから答える。
大きな存在とは自分ではないものだ。小さいからこそ自分は不要だ。
自分は自分以外の何者にもなれない。
ギッと睨まれた。

まだまだ問われる。
なら、必要な存在とは何か。
今ある社会が求める機能を持った存在だ。そう答えた。
目を細められる。
お前は人間であり、社会の中に存在している。
社会が求めなければ、お前は必要がない。そういうことなのか。
ゆっくりうなずいた。
龍は目を閉じた。

自分の中で、何かがゆっくり渦を巻いている。
いや、渦を巻かれている、のかもしれない。
なんだか落ち着かない。その先で、感じる。
自分は人間でありたいとも、社会に存在していたいとも思っていない。
不要と言われればそれはそれでいいのだ、と。
自分を完全に捨てている解釈。それが確かに渦の中にある。
でも、一方で。
変わりたい、どうにかしたい、こうありたい、
という願望が、渦の中に混じっている。
そしてその願望が、大きく渦巻いていく。
全く不要な感覚、自己中心的な感覚が、自分の中に居座ろうとしている。

龍が薄めを開ける。が、それどころじゃない。
自分の中で大きくなった渦が、どうにもこうにもできなくて。
膝をついたまま立つこともできない。
どんどん酷くなる。
龍に、変化を急かされているような気さえする。
呼吸が不規則になる。意識がどこかへ飛んでいきそうになる。
自分自身を抱くようにして、自我を保つ。
オレは変わりたいわけじゃない。このまま終わればいい。
そう言い聞かせながら。

気が付けば目の前に龍の顔がある。
大きな鼻息が体全体で感じ取れる。
自分が何かに染まっていく。
ガタガタと震える。泣きそうになる。
呼吸が自分のものでなくなっていく気さえする。
グッと目を閉じて、朦朧としかけている意識をひたすら引き戻す。
その状態で、ただただ、違う、と言い続ける。
それでも大きな渦は止まらない。

気が付くと、体が龍に巻かれている。
自分で自分をグッと抱いていて、その延長線のように巻かれている。
と。
巻かれた分だけ力が抜けていく。自分の体が委ねられていく。
僅かに保っていた自我が崩れていく。
ただ、自分の鼓動を感じる。自分が何かに染まっていく。
全身を包むように巻かれて、酔ったような感覚になっていく。
そのまま、心の中に深く手を突っ込まれるような、そんな感覚がする。
自分の落ち着いた呼吸を感じる。力が入らない。
そんな状態で、改めて問いが聞こえてくる。
どうありたいか、と。
言葉にすらなりきれない感情が垂れ流しになる。
が、それを丁寧にすくわれていく。
ぼぅっ、と心の中に何かがともったような、暖かさを感じた。

このままではいけない。また過ちがやってくる。
何とか自我を引き戻して、足掻く。
グッと力んで、抵抗する。グラグラする。
でもそれでいい。ひたすら抵抗する。
が、それも束の間。
クン、と体を揺らされると、
振り落とされるかのように、また自我が遠退いていく。

頭の中が白濁とする。
まるで心だけがあるような感覚。
不意に、龍が胸の奥に顔を突っ込んできて、その心を噛んだ。
グググ、とめり込むような、感覚。
ドクドクと何かが溢れ出てくる。なかなか離してくれない。
やっと離してくれたと思ったら、今度は心がムズムズして仕方がない。
龍はそんな様子をただ見ている。

不意に巻かれていた体を解放される。
いつの間にか宙に浮いていた足も、地に着いて立っている。
が、自分の意志で立っている気がしない。
よく分からない気持ちが自分を支配している。
ふらふらとよろけながら、立つ。
龍に見つめられると、促されるように顔を上げる。
そのまま前に進んでいって、何故か龍にキスをした。
途端、後ろにゆっくり自分がこける。
足が地面から自ずと離れ、体が浮かぶ。

そこからは、まるですべてが溶け出すようだった。
自分も、龍も、心も、何もかもが溶けてなくなっていった。

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